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2014-01-23

再び福澤諭吉『脱亜論』と『学問のすすめ』について

 
 sankei.jp.msn.com/world/news/131222/kor13122209410001-n1.htm …
 
産経新聞政治部専門委員の野口裕之氏が、福澤諭吉の朝鮮・支那観を簡潔に要約しているので、ご紹介しておきます。

《脱亜論》《朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す》《文明論之概略》などを総合・意訳すると、福澤諭吉(1835~1901年)の朝鮮・中国観はこうなる。
 (1)過去に拘泥し、国際紛争でも「悪いのはそっち」と開き直って恥じない。この二国に国際常識を期待してはならない
 (2)国際の法やマナーを踏みにじって恥じぬ二国と、隣国故に同一視されるのは一大不幸
 (3)二国には国際の常識・法に従い接すべし。(国交は別として)気持ちにおいては断交する
 (4)文明とは智徳の進歩なり
 (5)大国に擦り寄り右往左往する事大主義、国家に挺身する憂国の志士の少なさは、国家を滅亡させる。
 
流石にわが国の通貨一万円札の肖像画に載るだけの人物。今日にも充分通用する見識です。因みにかつての一万札は聖徳太子が肖像画でした。
 福澤諭吉や聖徳太子に通底しているのは、支那大陸文明からの『自立』という主題でもありましょう。特に福澤は、近代国家形成にあたり個人と国家の『自由独立』を追究した人物でありました。
 
福澤の『学問のすすめ』には、次のように述べられています。

 「一人の人間も、一つの国も、天の与えた道理というものに基づいて、もともと縛られず自由なものであるから、そうした一国の自由を妨げようとするものがあったら、世界のすべての国を敵にしても恐れることはないし、個人の自由を妨げようとするものがあれば、政府の官僚に対しても、遠慮をすることはない。ましてや近頃は四民平等の基本もできたことなので、みな安心して、ただ天の道理にしたがって思う存分に行動するがよい。」

「わが日本国民も、いまから学問に志し、しっかりと気力を持って、まずは一身の独立を目指し、それによって一国を豊かに強くすることができれば、西洋人の力などは恐れるに足りない。道理がある相手とは交際し、道理がない相手はこれを打ち払うまでのこと。一身独立して一国独立する、とはこのことをいうのだ。」(斎藤孝訳『現代語訳 学問のすすめ』)

まさに「千万人と雖も我往かん」、明治人の気概ここにありというべきでしょう。
個人と国家の『独立自尊』のための学問と教育の在り方が、今の日本にはまさに問われていると思います。また外国交際(外交)にあたって外交官や政治家に今一度心得て頂きたい言葉だと思います。
今こそ福澤の気力・胆識に学ぶべきときです。

柴田
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黎明(れいめい)教育者連盟は皇室を敬い、伝統文化を守り、戦後の誤れる教育を正し、­日本の再興を子供の教育から目指す教育団体です。
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