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2013-06-06

政治家の言葉には「戦略」が要る



6月5日付け産経新聞で、小説家の曽野綾子氏がエッセイ『透明な歳月の光』で、橋下大阪市長の「従軍慰安婦」発言について、次の様に述べておられました。

「政治的人間には、『戦略』という非常に重要な配慮が、一種の賢明さとして要る。つまり同じことをいうにしても、いつ言えばいいか、どういう相手に対して、どういう場なら、どの程度言っていいのか、という計算ができなければならない。
いつ、どんな形で言おうが真理は真理だし、どう言おうが自分の勝手だ、という姿勢は一面で正しいが、それは『無冠』の人間だけが言えることで、政治的力をもつ人の取る立場ではないだろう。地位をもち、他者の分まで代表する政治力をもつ人には、その自覚が要る。」

悪意のあるマスコミや諸外国に揚げ足を取られないためにも、特に政治家は、『時処位』に応じた言葉と対応(人時処三相応)が必要なのでしょう。

『観の教育』の提唱者谷口雅春先生も、日本人と言葉について次の様に述べておられます。

「日本人は古来いわれている通り、『言霊の幸はう国』とも、『言霊の天照る国』とも言われている国に生まれて、敢えてみだりに言挙げせざる国民であると言われておるのでありますが、言挙げせざるとは、言葉を軽々しく濫りに出さないことで、濫りに言挙げしないのは何も黙っていると云うのではない。言葉を出せば実に的確に言葉の力を発揮するところの国民であると云うことであります。(中略)言葉を出す限りは、ピシリと的にあたり、肺腑をつくような、そう云う言葉を使わなければいけないのです。それが『言挙げせざる国』の国民であり、同時に『言霊の幸はう国』の国民であるわけです。」
(『日常生活のなかの真理無門関・聖書篇』)

政治家ばかりでなく、我々も普段から言葉を的確に使っているかを見つめ直す必要があるかもしれませんね。言葉は『諸刃の剣』、もって『他山の石』とすべきでしょう。

それにしても、今回の橋下氏の「従軍慰安婦」発言に端を発した国際的騒動は、改めてわが国が『戦勝国体制』の支配下に置かれていることを如実に示したものもと言えましょう。

『戦勝国体制』の問題とその超克に向けたわが国の戦略については、いずれ稿を改めて考えてみたいと思います。

柴田
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