2013-05-28

着物教室

20130510135901.jpg
20130510135748.jpg

着物教室の皆さんがそれぞれ頑張ってなんとか着て見ました。皆さんお子さんが小さいけれど、お子さんと共に楽しむためにも頑張っておられます。興味のある方はどなたでもどうぞご参加下さい。加納
スポンサーサイト
2013-05-28

父の日のプレゼント

親子寺子屋(横浜)

20130512105918.jpg

20130512114958.jpg

父の日のプレゼントの絵が楽しく出来上がりました。生徒さん達は大満足の作品です。
早く渡したくてうずうずしていました。 加納
2013-05-28

「スーパー・グローバル・ハイスクール」


教育再生会議が、国際人養成のために外国語教育に熱心な学校を、スーパー高校
に指定し支援を強化するそうです。又、世界で活躍出来る人材の輩出を目指すた
めに、「徹底した国際化を断行」し、小学校での英語教科化などの提言がなされ
たそうです。国際人養成とは、一番に英語教育でしょうか?小学校で英語教科が
入れば、必然的に今でも少ない日本語の授業が減ります。日本語で読み、書き、
考える力が弱くなります。英語を身に付けて、何を語るかということではないで
しょうか?日本人としての誇りと教養です。日本の成り立ち、正しい歴史観、日
本の素晴らしい伝統文化こそが国際人として一番必要とされる力だと思います。
英語の前に日本語実力を付けることを考えて頂きたいです。日本人としての誇り
と実力があれば、国際人として世界で立派に活躍出来ること間違いなしです。
加納孝子
2013-05-21

マダムの部屋へようこそ!

いやぁ、誰も教えてくれないから、アップされているのを知りませんでした。。。。

愛国女性の集い 花時計 さんの動画「マダムの部屋へようこそ」に
坪田副理事長と加納神奈川支部長代理が出演しましたので、ここで紹介します。實吉

2013-05-17

日本人の鑑(かがみ)だ 工藤俊作艦長の話

数年前にTV番組でやっていたっすね。
今や有名なお話となりましたがね、工藤艦長は戦後、埼玉県川口市でひっそりと暮らしていたそうです。
一時期、私も川口市に住んでいたんですが、自宅から徒歩数分のお寺に工藤艦長のお墓がありました。

工藤艦長は大変立派な軍人さんですが、日本人の立派な方のお話はた〜くさんございますので、また紹介したいと思います。ちなみに、日露戦争の際、上村彦之丞大将も全く同じパターンで、敵兵を救助しております。日本人とはそういう民族です。
アメリカさんは、同じパターンで海に漂流した日本人を狙い撃ちにしました。。。。


2013-05-17

社民党本部に浅沼氏像移転



産経新聞に、社民党の新党本部に浅沼稲次郎氏の胸像が軽量化され、移転・設置されたとありました。

浅沼氏の胸像の横に立って、福島瑞穂女史曰く、「平和と民主主義を訴えて倒れた浅沼さんの遺志をしっかり受け継いで頑張りたい」とのこと…。ハイハイ、ご苦労様です。

因みに浅沼稲次郎氏は、「何しろ明治人として天皇に敬愛の念をもち、アパートの居間に神棚を飾り、毎朝それにむかって拍手をうつ習慣を死ぬまで守った。それに浅沼家の宗教は神道であった。天皇の存在は自明の理として疑うこともなかった」方です。(梅澤昇平『皇室を戴く社会主義』展転社より、鶴崎友亀『浅沼稲次郎小伝』の引用)

また谷口雅春先生は、「かつて本所区(今の墨田区)の細田製材所で講演をしたとき、今は亡き社会党の書記長浅沼稲次郎氏が私の前座を講演されて“『生命の実相』を読んで、大いに啓発された点がある”といって喜ばれたことを私は思い出すのである」(『私の日本憲法論』)と述べておられます。浅沼氏も『生命の実相』から多くを学んでおられたのですね。

福島さん、日本人としての浅沼氏のご遺志もくれぐれもお忘れなきよう、お願いしますよ! あしからず。
柴田
2013-05-17

怖い「子宮頸がんワクチン」


今年度から定期接種になった二種類の子宮頸がんワクチンで、摂取後にアレルギー
などの重い症状が出る副作用の報告が3月末までに106件あったそうです。外に
も痛みなどの報告があったそうです。21年12月のワクチン販売から3年あまりのあ
いだに1968件の副作用の報告があったと厚労省は部会で発表したそうです。
この数字は実際の被害者の極一部の勇気ある人の数字だと思われます。國が費用
を負担し、学校単位で行われれば、当然受けなくてはならない行事と思った親も
子も義務感に似た気持ちで、この未知のワクチンを自分の可愛い娘に受けさせた
事と思われます。よく駅の中に特大のポスターでこのワクチンの広告を見ますが、
間違った情報の公表にいつも不安をかんじてきました。危険の呼びかけのチラシ
も数多く配りましたが國が相手では埒ががあきませんでした。皆さん子宮頸がん
の予防は結婚するまで清く正しく生活すれば心配の無い病気なのですよ!まだ未
発達の幼い体にそのようなワクチンを摂取するなどという無茶なことを良識を持
って反対して行きたい物だとおもいます。
加納
2013-05-16

日の丸ネクタイ

「あっ、アンパンだ。私の周りに、子供達が集まってきました。仕事柄、幼稚園・
保育園の子供達と関わる事が多い為か、以前、父の日に娘にプレゼントされた
ネクタイを、何の気なしに絞めていった事からの出来事でした。
 そして又改めて、子供達の気付く力に、驚かされた出来事でした。
その様な事から、ネクタイを選ぶ時は、なるべく子供達が興味、関心がありそうな
絵柄を注意して選んでいます。先日も初めて会った、子供達がニコニコ顔で
近づてきて、ネクタイを指さしています。”トーマス”だ!ぼくのシャツもトーマスだよ。
と言ってTシャツの柄を見せてくれます。今日は子供達に人気のある「機関車トーマス」
のネクタイをして行きました。今日、初めて会う子供達ですが、お蔭で子供達と
すぐに打ち解けて、仲良くなれます。最近、日本の国旗、日の丸をデザインしたネクタイを
絞めていきましたら、「あっ、日の丸だ」と言って、近づいて来てくれた、子供達に「日の丸に
気付いてくれて、嬉しいな~。皆で、日本の国旗、日の丸を大事にしようね」と、機会ある
事に、次代を担う子供達に呼びかけています。」

黎明教育者連盟 愛甲 茂
CIMG3163.jpg
2013-05-15

「サンフランシスコ体制」今再び



5月14日付け、産経新聞「正論」に高崎経済大学の八木秀次教授が、「『サンフランシスコ体制』今再び」と題した論考を寄稿されている。
八木教授は 「執拗にわが国に歴史問題を突きつける」支那中共が、「ポツダム体制」の再興を狙い、「周辺諸国やアメリカを取り込み、日米同盟を解消させて日本を孤立させようとしている」事に警鐘を鳴らし、「わが国は『サンフランシスコ体制』の一員であり、多くの国々と基本的価値を共有する平和国家であると強調することで対抗しようとしている」として、安倍首相下での「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」の開催と外交理念・政策を評価する。

筆者は現状では、八木氏の論考並びに安倍首相の外交理念・政策を基本的に評価しつつも、「サンフランシスコ体制」を踏まえて、「ヤルタ・ポツダム体制」の残滓を精算し、戦勝国体制を超克していく道筋を考え実行していく必要があろうと思う。何故ならそれが真の意味での「戦後レジーム」の脱却に繋がると同時に国際社会に正当な法秩序を確立する契機となると思うからである。

八木教授は、一部沖縄の世論に見られる、政府主催の主権回復記念式典批判の「本土の主権が回復しただけで沖縄、奄美、小笠原は切り話されたわけだから、沖縄などにとっては『屈辱の日』であり、沖縄が昭和47年に本土復帰した5月15日こそが『本当の主権回復の日』だという」見解に「確かに、理屈は通っているが」と一定の理解を示しながら批判されているが、これは理屈が通っていない。
何故なら南樺太・千島列島(少なくとも北方四島)や竹島は未だ返還されていないではないか。これらを等閑視して、5月15日を「本当の主権回復の日」というのは私には無理筋の話だと思われる。

因みに「沖縄、奄美、小笠原」はアメリカ施政下の地域だったが、これらは返還されている。これは八木教授が指摘するように、サンフランシスコ講和条約を踏まえたものである。

一方ロシア施政下で今だに返還されていない南樺太・千島列島(少なくとも北方四島)に対して、『屈辱だ』と弾劾する言論は皆無にちかい。むしろ今は二島返還、三島返還等で妥結すべきだという世論である。
おかしいではないか!明らかに矛盾している!

仮に沖縄の一部世論やマスコミ・左翼知識人が、4月28日を『屈辱の日』と声高に主張したいのなら、『本当の主権回復』のために、ロシアの南樺太・千島列島(少なくとも北方四島)・韓国の竹島不法占拠を、沖縄問題以上に断固抗議行動を起こすべきではないのか。
わが国の『本当の主権回復』のために、対米従属を批判するのであれば、同様に戦後の対露屈従を徹底批判すべきだし、支那中共や韓国・北朝鮮の『侵略』行為も批判すべきだ。

単なるご都合主義の「反米」主義で政治を弄ぶことは慎むべきである。

もちろん沖縄の苦難に思いを寄せる事は大切である。仮に米軍基地を段階的に撤廃をするなら、わが国の自主防衛体制を強化すべきであり、沖縄の自衛隊増強や本土の防衛負担も考えていくべきだろう。

4月28日は、国民全体で『真の主権回復』の意味と、『国家主権』守るために国民として何ができるかを考える建設的な日でありたいと改めて思う次第である。
 柴田
2013-05-12

主権回復記念日国民集会の

というわけで、先日もブログで書きました主権回復記念日国民集会の西村真悟先生の演説です。
西村真悟先生サイコー!



チャンネル桜で完全版も見てね!

實吉
2013-05-07

中部・近畿神社仏閣参拝記⑤

金峯山寺・吉水神社(奈良県吉野群吉野町吉野山)

五月五日に、ユネスコの世界文化遺産として登録されている「紀伊山地の霊場と参詣道」の中に含まれる、金峯山寺と吉水神社に参拝しました。

金峯山(きんぷせん)は、奈良県の吉野山から山上ヶ岳(大峯山)に至る一体を指し、飛鳥時代から聖地として知られていました。七世紀後半(白鳳年間)、修験道を始めた役行者(えんのぎょうじゃ)が、金峯山で修行し、山上ヶ岳で、人々を迷いや苦しみから救い、悟りの世界に導くために金剛蔵王権現を祈り出されます。そして、そのお姿を山桜の木に彫刻し、山上ヶ岳と吉野山にお堂を立ててお祀りされました。これが金峯山寺の始まりになります。
因みに、役行者が蔵王権現の姿を山桜の木に彫刻したことから、吉野山では山桜がご神木として保護、献木されて、日本一の桜の名所となったそうです。

今も昔も、金峯山は修験道の中心的道場として、多くの修行者、宗教者が宗派を超えて入山修行しています。その修行は、吉野山蔵王堂から山上ヶ岳の山上蔵王堂(現在の大峯山寺)までの間、毎日休むことなく歩き、百日にわたって礼拝する「金峯山百日回峯行」、さらに、山上ヶ岳の開山期間(五月三日から九月二十二日)を八年、一千日を懸ける大行「金峯山千日回峯行」があり、千日回峯行は二名の方が成満しているそうです。

いにしえから求道の聖地である吉野。その威厳を現す仏閣でした。

現在、蔵王堂秘仏ご本尊・金剛蔵王大権現の特別拝観が六月九日まで行われています。


吉水神社のご祭神は、後醍醐天皇と楠木正成公と吉水院宗信公です。

吉水神社は元吉水院として、今から約千三百年前に役行者が創立した修験宗の僧坊でした。

歴史的には、文治元年(1185年)、源頼朝の追手に逃れた源義経と静御前は弁慶たちと共に吉水院に隠れ住まわれました。しかし、哀しくも義経と静御前が最後に過ごした場所になります。
次の静御前の歌は有名です。
吉野山 峯の白雪踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋しき

南北朝年間の延元元年(1336年)、京都の花山院から行幸された後醍醐天皇が吉野に御潜幸になり、吉水宗信の援護のもとに、僻地の吉水院を南朝の皇居とされました。南朝四代五十七年の歴史がここからはじめられ、現存する南朝唯一の行宮(あんぐう)となっています。
後醍醐天皇の御製
花にねて よしや吉野の吉水の 枕の下に 石走る音

安土桃山時代の文禄三年(1594年)、豊臣秀吉が吉野で盛大な花見の宴を催したとき、吉水院を本陣とし数日間滞在しました。

豊臣秀吉
年月を 心にかけし 吉野山花の盛りを 今日見つるかな

吉野は桜の名所で、吉水神社からは、「一目千本」の桜が一望できる場所があり、桜の季節には多くの観光客・参拝者で賑わいます。また書院には、歴史的な文化財・宝物が数多く展示されています。
歴史と自然を体感できる神社です。

因みに吉水神社の佐藤素心(一彦)宮司は、熱烈な愛国者、かつ温厚なお人柄で温かく参拝者を迎えて下さいます。 私の尊敬する神道家・先達です。今回も色々とお世話になりました。厚くお礼申し上げます。

皆様、拙い参拝記をお読み頂き誠にありがとうございました。お時間が許せば、是非各地の神社や仏閣を訪れてみては如何でしょうか。きっと日本の精神文化の深さに感動することでしょう。
柴田

1・2・3金峯山寺仁王門(国宝)
1 
2 
3.jpg

4・5蔵王堂 (国宝)

5.jpg

6吉水神社本社
8.jpg

7書院
7.jpg

8北けつ門(後醍醐天皇が京都に向かって祈られた場所)
6.jpg


9一目千本
9.jpg

2013-05-07

「歴史の目」意識しての改正こそ

本日付産経新聞「正論『国民の憲法』考」に、文芸評論家新保祐司氏の『「歴史の目」意識しての改正こそ』と題した秀逸な論考が掲載されていたので、その論旨に付随した見解を述べてみたいと思う。

新保氏は、国立公文書館で開催された「近代国家日本の登場-公文書にみる明治」を見に行かれた時、「特に大日本帝国憲法の前でしばらく佇んで」、次の様な感想を述べておられた。

「歴史的な文書を見ているというよりも、逆に歴史の方から見られているような強い感じに襲われた。それに比べて、会場の外に、所蔵文書の一つとして展示されていた現行憲法からは、そのような歴史の持っている重みのようなものはほとんど感じられなかった。『明治の精神』が自力でつくりあげた気迫の憲法と『配給された』憲法との違いというものを目に見える形で実感したことであった。
憲法改正にあたって何よりも必要なのは、日本の歴史から見られているという意識の下で、改正作業を進めることであろう。」

全く同感である。

更に現行憲法96条改正にあたっては、「ますますこの歴史感覚は重要になるのである。」という指摘は、現今の「歴史感覚」が不足気味の改正論議に、鋭く問題提起していると言えよう。
まさに「発議する国会議員と国民投票をする国民には、日本の歴史に見られているという歴史感覚を身につけていることが、絶対に必要になってくる」のである。ならば、戦後教育によって、どっぷり戦後民主主義の価値観に染まった国民(人民・大衆)が多数の今日においては、遠回りだが、まず戦後の価値観を問い直し、『歴史感覚』を取り戻す思想的かつ教育的な作業が、憲法論議の中で、あるいはそれと並行して行われる必要があろう。

一方新保氏は、「今日の日本の政治状況の中で憲法を改正するとなれば、『3分の2以上』というのが現実的ではないのは間違いなく、『過半数』にハードルを下げるのは当然であろう」とのべるが、厳密にいえば、現行憲法96条改正より、まずは出席議員の『過半数』による現行憲法『無効』確認(大日本帝国憲法現存確認)の方がより『歴史感覚』に立脚した手続きと言えると思うが如何であろうか。

また新保氏は、民俗学者柳田国男の言説を引用しつつ、次の様な見解を述べる。
「『2分の1+1』の住民が、単に今日的『利益』の必要や現代的価値観によって、改正してはならない。何故なら『我々は既に土に帰したる数千億万人の同胞』の歴史に規制されているからである。」

このことは、『歴史感覚』なき民による『2分の1+1(過半数)』への現行憲法96条改正への警鐘と批判、つまり現今の「改正論」批判にもなっている。

またこの指摘は、現行憲法無効確認宣言を選択するにあっても留意すべき点であると筆者は考える。なぜなら現行憲法の無効(あるいは廃棄)は、大日本帝国憲法復元改正へと結び付かなければ、「歴史感覚」の回復にならないと思うからである。
さらに、仮に帝国憲法を復元したとしても、帝国憲法の正当な評価を、ある程度国民の共通の認識にする必要がある。そのためには、帝国憲法を復元して、国民教育を施す必要がある。
それがもし性急な印象を受けるのであれば、現行憲法を、現存する帝国憲法(正統憲法、歴史・伝統・国体)に基づき、保守的解釈で運用し、その事実を積み重ねるべきであろう。その上でわが国の憲法・国体を『発見』し、国民共通の価値観とすべきであろう。

筆者が、本稿で最も注目する指摘は、新保氏が「五箇条の御誓文を思わす前文を」と提起していることである。

「改正憲法の前文では、五箇条の御誓文と大日本帝国憲法に言及する一方、現行憲法には敢えて触れず、改正憲法が明治維新(これはまた神武創業の想起であった)以来の歴史の王道に基づいて示すべきである。」
そうであれば尚更、現行憲法無効確認・大日本帝国憲法復元改正こそが『憲法改正の王道』と言えるでのではないか。
付言すれば、五箇条の御誓文も、大日本帝国憲法も、明治天皇が、皇祖皇宗に誓う儀式を踏まえ、発布されたものである。もし帝国憲法復元改正でなく、新憲法を成立させるのであれば、天皇陛下による祭祀に立脚した『告文』『上諭』を載せる形式を採るべきであろう。そうすることで、『祭祀の国・天皇国日本』に相応しい「格調」高い憲法となるといえるのではないだろうか。

柴田
2013-05-05

「伊勢参り 大神宮にもちょっと寄り」

江戸時代の川柳だそうですが、これほんと、面白いですよね。
庶民にとっては、一生に一度の伊勢参りであったわけですが、
物見遊山の旅、っていうのか、遊びをほんと楽しみにしていたんでしょうね。
今も昔も、人ってあまり変わらないのだろうなぁ、と思う川柳でした。
實吉
2013-05-05

中部・近畿神社仏閣参拝記④

住吉大社の御祭神は、底筒男命(そこつつのをのみこと)・中筒男命(なかつつのをのみこと)・表筒男命(うわつつのをのみこと)の三神で、この三神を合わせて住吉大神(スミヨシノオオカミ・スミノエノオオカミ)と申し上げます。住吉大神は、イザナギノミコトが黄泉の国から帰り、穢れを筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊ぎ祓いをした時に、海の中から生まれた神様です。また住吉大神の御神託で三韓征伐を成就した息長足姫命(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)も祀られています。

神功皇后は、新羅御出兵に当たり、住吉大神のご加護を得て大いに国威を発揚なされ、御凱旋の後、大神の御神託によって現在の地に御鎮祭になりました。今から約千八百年前の皇后摂政十一年辛卯(かのとうのとし)年のことでした。後に、神功皇后も併せてお祀りされ、住吉四社大明神として崇められ、摂津国一の宮として崇敬されています。全国二千余に及ぶ住吉神社の総本宮です。

住吉大神は、禊祓の神で、神功皇后への御神託以来、海上安全の守護神でもあります。また歌神として、古来歌道の上達を志す人に崇敬され、現実に白髪の翁として姿を現す現人神としての信仰もあり、産業商業・貿易・文化の祖神と仰がれてきました。

代表的な祭りは、五月上卯日の卯之葉神事(ご鎮座が卯年・卯月・卯日に由来)や六月十四日の御田植神事(日本三大御田植祭の一つ重要無形民俗文化財)や七月海の日・七月三十日から八月一日までの住吉祭(夏祭り)などがあります。

住吉祭は、「おはらい」とも呼ばれ、国中の大祓を行うお祭りです。七月海の日は神輿洗神事、三十日は宵宮祭、三十一日は例大祭と夏越大祓神事、八月一日には堺宿院の頓宮(とんぐう)に御渡(おわたり)があり、荒和大祓(あらにごのおおはらい)が行われます。

御社殿は、第一本宮から第三本宮までは縦に、第四本宮は第三本宮の横に並ぶ配置で、各本宮の御本殿は「住吉造」といわれる神社建築史上最古の特殊様式で「国宝」に指定されています。平成二十三年に、ご鎮座千八百年に当り、第四十九回式年遷宮が行われました。
大阪の庶民生活に密着した歴史的由緒のある近畿地方を代表する大社です。

神戸にお生れになられ、青春期を関西でお育ちなられた、「観の教育(生命の教育)」提唱者の谷口雅春先生は、神戸の本住吉神社で、住吉大神から導きを受けられました。先生は伊勢神宮は勿論のこと、本住吉神社・住吉大社共に大切になされました。

何事にあっても元を大切にする心を大切にしたいものです。  柴田

1鳥居
201305031332000.jpg

2・3太鼓橋
201305031332001.jpg

201305031330000.jpg
4手水社
201305031214000.jpg

5第一本宮(底筒男命)
201305031308000.jpg

6第二本宮(中筒男命)
201305031309000.jpg

7第三本宮(表筒男命)
201305031310000.jpg

8第四本宮(神功皇后)
201305031311000.jpg

9第一本宮から第三本宮
201305031313000.jpg

10御神田
201305031328000.jpg

11・12卯の花苑
201305031243000.jpg
201305031243001.jpg
2013-05-03

中部・近畿神社仏閣参拝記 3

伊勢皇大神宮(内宮)別宮 伊雑宮(いざわのみや 三重県志摩市磯部町)

伊雑宮は、皇大神宮(内宮)の別宮で古くから「天照大御神の遥宮(とおのみや)」と称せられ、御祭神は天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)です。

伊雑宮の創祀は、約二千年前の第十一代垂仁天皇の御代になります。
内宮ご鎮座の後、倭姫命が御贄地(みにえどころ 内宮へ奉る御供物を採る所)をお定めになるため、志摩国をご巡行の際に、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が奉迎して、この地に宮を創建、天照大御神の御魂をお祀りしたと云われています。

志摩国は風光明媚、海産物も豊かで、古くから『御食(みけ)つ国』と呼ばれ、神宮と朝廷のご料を貢進した地です。今もアワビが伊勢神宮に奉納されています。
伊雑宮は、伊勢国外唯一の別宮で、御料田(ごりょうでん)を持つ別宮でもあります。

伊雑宮に約八百年前から伝わる御田植祭は、毎年6月24日に行われます。
祭は午前十時頃から始まり、全部終わるのは午後四時をすぎ、ほぼ一日がかりで行われます。

まず奉仕員が一同揃って伊雑宮に参拝し、お祓いをうけます。主な祭内容は、御料田の中央に立てられた忌竹(いみだけ)を男たちが泥だらけになりながら奪い合う竹取神事に始まり、田楽と謡に合わせ早乙女らが早苗を植える御田植神事、そして一の鳥居までの踊りこみと続きます。

伊雑宮の御田植神事は、『磯部の御神田(おみた)』として国の重要無形民俗文化財に指定されています。また香取神宮(千葉県)・住吉大社(大阪府)と並ぶ日本三大田植祭の一つといわれています。

伊雑宮は平成二十六年、20年に一度の式年遷宮を迎えます。

伊雑宮は、普段は参拝者も少なく静かな境内ですが、心を込めて感謝参拝すると、暖かい雰囲気に包まれる様な気がしました。内宮・外宮ばかりでなく、伊雑宮などの別宮にお参りするのもまた一興です。 柴田


(交通)近鉄志摩線 上之郷駅下車、徒歩5分。

写真
伊雑宮正面鳥居
201305021051000.jpg


2伊雑宮正殿
201305021042000.jpg

3・4御料田
201305021027001.jpg
201305021028000.jpg

5・6境内の木
201305021049000.jpg
4.jpg
2013-05-02

昭和の日!(ちょっと記事として遅い。。。)

130429_130244.jpg

いやぁ、柴田先生が憲法問題や神社参拝記をお書きになっていて、大変勉強になります!
寺子屋に来ると、柴田先生の楽しい伝統文化などのお話が聞けますよ!みんなで寺子屋へGO!

というわけで、私は昭和の日に、武蔵野御陵へ参拝させて頂きました。
毎年、時間が許す限り詣でるのでありますが、神社と同じような清らかさがあるといいますか、気持ちが清々しくなるのです。

平成19年からみどりの日から、昭和の日になりました。
「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日です。
もともと、昭和天皇のお誕生日でございますが、崩御なされたのちに、昭和に因んだ祝日にしようとの声もあったそうですが、左翼系からの反対で「みどりの日」となってしまったそうですね、それから紆余曲折あって「昭和の日」にするために、保守系の方々は相当なご苦労があったそうです。

私は昭和天皇を大変尊敬しております。昭和天皇こそ、聖帝、大帝と呼ぶにふさわしいお方であります。

今年も、御陵の御前で手を合わせ、感謝の誠を捧げ、そして昭和生まれの男として、恥じない生き方を致しますと、お誓いしたのであります。

で、後ろから私の名前を呼ぶ怪しい奴!じゃなかった、友人家族も参拝に来ていました。びっくり!
いやぁ我々の行動パターンってだいたい一緒だね、なんて話をして、昼食をご一緒して、昭和の日、国の将来に思いを致したのでありました。

實吉


2013-05-02

中部・近畿神社仏閣参拝記 2

伊勢神宮(外宮・内宮)
今日はまず早朝、伊勢神宮の外宮と内宮を参拝しました。

今回は、外宮に参拝したときに、私自身胸にせまるものがありました。外宮の清浄さに感銘したのはもちろんのことながら、古く朽ちつつある御社殿を拝すると、この平成の二十年間、風雨にじっと絶え、神様はわが国民と国の行く末をひたすら見守りご守護くださったのだとの想いが湧いてきました。

何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる

この西行法師の心情の一端に触れる思いがしました。少し大袈裟かも知れませんが…。
ひたすら感謝を捧げ、参拝させていただきました。

新しい神殿は、まだ白い覆いに囲まれて、少しばかり垣間見ることができますが、御遷宮の準備は着実に進んでいる様子が伺えました。

さらさらと音をたてて流れる五十鈴川、まさに心が洗われます。
新緑のなか、ゆらゆらとはためく国旗日の丸が、内宮にはよく似合います。
天照大御神が鎮座まします内宮ですから当然ですね。倭姫命が苦労してようやく捜し求めた地、伊勢。
まさに日本人の魂のふるさとです。いや、伊勢神宮は世界の聖地というべきでしょう。
今年は式年遷宮の年、機会があれば、是非伊勢神宮に参拝されてみては如何でしょうか。きっと日本に生まれて良かったと思われることでしょう。

柴田



外宮正面鳥居
201305020621000.jpg

外宮正殿
201305020555000.jpg

外宮風宮
201305020612001.jpg

内宮日の丸
201305020831000.jpg

内宮側面
201305020758000.jpg

外幣殿
201305020800000.jpg

五十鈴川
201305020828000.jpg
201305020737000.jpg
2013-05-01

中部・近畿神社仏閣参拝記①

長滝白山神社・長瀧寺(岐阜県)

全国各地に2716社を数える白山神社のもとになる、霊峰白山。白山は、富士山・立山と共に信仰の山として古来三名山の一つとされました。白山信仰の礎を築いたのは、僧泰澄(たいちょう)でした。

奈良時代の養老元年(717年)泰澄は、白山に登り山上で十一面観音(白山妙理権現)を感得し、祀ったのがその始まりです。泰澄は加賀(石川県)、越後(福井県)、美濃(岐阜県)の三方から参拝路を開きます。美濃側に下った時、社を建てて彦火々出見尊(ひこほほでのみこと)をまつりました。これが長滝の白山中宮といわれています。

養老六年(722年)泰澄は、元正天皇の勅命で参内し、天皇の病気を加持祈祷で平癒させて帰途美濃に入り、この中宮に参拝し、霊感により神殿を改め、イザナギノミコト・イザナミノミコト・彦火々出見尊を祀り、本地聖観音を納めました。泰澄は神女のお告げで飛瀑(現在の阿弥陀ヶ滝)を見出だし、その禅瑞に感じて長滝寺と称しました。
養老七年(723年)元正天皇は、本地十一面観音・聖観音・阿弥陀如来の三蔵を奉納され、白山本地中宮長滝寺と号するようになりました。

以後各時代によって紆余曲折ありながらも、美濃側から白山を登拝する美濃禅定道の拠点として栄えます。
明治時代の神仏分離令により、今日の長滝白山神社と白山長瀧寺に分かれました。
古来からの神仏融合・山岳信仰の趣きを静かに伝える清浄な境内を今に残しています。遠望の白山もまた格別です。

(場所)長良川鉄道 白山長滝駅 徒歩4分
近くには、白山の自然・歴史・文化が学べる白山文化博物館や地元の物産を売り、食事もできる道の駅もあります。

柴田




201305011401000.jpg
1長滝白山神社社殿
201305011217000.jpg
2長滝白山神社拝殿
201305011218000.jpg
3白山長瀧寺
201305011220000.jpg
4周辺の景色
2013-05-01

思わず湧き起こった万歳三唱

4月28日憲政記念館で行われた「主権回復の日」のニュウスをテレビで見ました
が、先ずテレビの映像の中央に映し出された両陛下の涼やかな神々しさに、心を
打たれました。式が終わり両陛下がご退場の時に思いがけず、万歳の声が上がり、
すぐにそれに唱和する方々で大合唱になりましたが、これこそ日本人の思いの自
然な現れだと思いました。天皇陛下あっての日本ですし、その両陛下を身近に、
拝見させて頂けば,思わずいついつまでもお元気でと、万歳を叫びたくなるのが
人情だと同感して、私も一緒に万歳をしていました。 加納
プロフィール

黎明教育者連盟

Author:黎明教育者連盟
黎明(れいめい)教育者連盟は皇室を敬い、伝統文化を守り、戦後の誤れる教育を正し、­日本の再興を子供の教育から目指す教育団体です。
小学生向けの「寺子屋」や、親子参加型の「親子寺子屋」「乳幼児寺子屋」などを中心に、絵画­教室、書道教室、礼法教室、着物教室、歴史講座、古事記勉強会、童謡・唱歌わらべ歌の­­­会、子育て相談などを運営しています。現代の興廃した教育環境の中で、自分の子供­にはどんな教育をしたらいいか、お悩みではありませんか。日本人として誇りの持てる人­生­を­お子様には歩んでほしいものです。どなたでも参加出来ます。ぜひお気軽にお問­い合わせ下さい。
http://reimei-kyoren.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ